月が変わって、今月のソロプレイ第1弾は「燃えよ!姉川の戦い」(GJ)です。このゲームはその名の通り、1570年に行われた姉川合戦(または三田村の戦い)を描く合戦級です。強ZOCに、強制的戦闘後前進、士気チェックと合戦級らしい仕組みですが、決定的に異なるのが強力無比なイニシアチブです。
 ターンはじめに、両軍が2d6して大きい側が主導権を取るのですが、イニシアチブ移動で先制できる上に、一方的に攻撃ができます。防御側も「崩れ口の勇」(士気チェックで2を出す)か、敵の攻撃が失敗すると、反撃ができますが、数が多いと殴られっぱなしに。
 攻撃はファイヤーパワーで第2攻撃力以下だと敗走チェックですが、第1攻撃力以下になると除去チェックとなってしまいます。この除去チェックで12を出すと、討ち取りでVPが2倍になる上に、敵に裏崩れチェックを強要できます。
 裏崩れは、その名の通り、後方の混乱状態の部隊が士気崩壊して除去されます。恐ろしいのは、先の裏崩れで混乱ユニットが除去されて、そのターンの損害が10ユニットを越えると、今度は通常部隊が混乱になる裏崩れ2が発生します。次にまた、裏崩れが起こり、さらに裏崩れ2が・・・と、あっという間に軍が崩壊します。
 事前の演習では、ターン修整でイニシアチブを取った浅井軍が、織田軍を押しまくり、どこかで裏崩れが発生。そのまま、裏崩れ2になると、ほぼ勝敗は決まったも同然ですが、たいていはギリギリで踏みとどまることに。織田軍がイニシアチブを取り返すと、豊富な鉄砲(高い第2攻撃力)により士気チェックが増加し、両軍とも混乱状態が増えて、混戦気味に。最後は、数で勝る織田軍が浅井軍を撃退し、勝利となる展開が多く。ちなみに、徳川軍はゲーム最強のモラル値があり、早々には崩れず。織田軍との反撃と同時に反攻に移り、朝倉軍を圧倒します。直前のプレイでは、最終ターンに1点差で、織田軍が勝利しました。
 固定セットアップに従い、ゲームを開始します。

T0
 第1ターン、自動イニシアチブを取った浅井・朝倉軍が、姉川を渡って攻撃をかけます。徳川軍は鉄壁の守りで踏みとどまりますが、奇襲を受けた織田軍の第一陣は、半数が敗走します。奇跡的に、除去ユニットはなし。
T1
 第2ターン、やはり、自動イニシアチブを取った浅井・朝倉軍は、織田・徳川軍に猛攻をかけます。魚鱗で突入する浅井軍は、突破され分断された金森長近に重損害を与え、これを討ち取ってしまいます。また、高いモラルで強力な壁の徳川軍に対し、朝倉軍が2つの重損害を与え、家康の指揮にも関わらず、小笠原長忠と平岩観吉が除去されるという危機的事態に。その後の裏崩れで除去ユニットが1に治まったのは、望外の幸運でした。
T2
T2終了時
 第3ターン、浅井軍は第三陣の木下勢に襲いかかり、これを半壊させます。同時に左翼から磯野隊が突進し、混乱ユニットを除去します。徳川軍も戦線を縮小し、必死の防戦に努めますが、またも重損害で小笠原隊が壊滅した上、酒井、大久保、家康本陣さえも敗走し、崩壊手前になります。
T3戦闘
T3戦闘終了時
 これにより、破壊的な裏崩れが発生します。数多くの混乱ユニットが裏崩れ1で壊滅。そのため、通常ユニットが動揺する裏崩れ2に突入します。生き残った織田軍の半数が混乱状態になり、徳川軍の酒井、大久保までも除去され、このターンだけでが22ユニットが壊滅に!
T5 再び、裏崩れ!
T3 裏崩れ1から裏崩れ2へ!
T3終了時
 一度に多くのユニットが除去されたため、第4ターンこそ、奇跡的に裏崩れは起こらず。が、信長本陣まで投入した回復では、drにそっぽを向かれ、ほとんどが混乱状態のまま。
 止めとなったのは、第5ターンでした。浅井軍は、中央で抵抗を続ける木下隊を一瞬で瓦解させると、混乱した柴田勢を強襲し、再び、裏崩れに。
T5戦闘
 これにより、織田軍の15ユニット以上の混乱部隊が除去され、裏崩れ2に突入。結果、前回を上回る24ユニット(!)が除去され、通常状態の織田軍はわずかに10ユニットに。唯一の救いは、完全包囲された徳川軍が士気チェックを撥ね除け続けたくらいか。
T5 再び、裏崩れ!
T5終了時
  その後は、単なる殲滅・追撃戦になります。浅井軍は、残った織田軍を分断突破し、信長本陣に迫ります。信長は後退しながら、回復した部隊で止めようとしますが、強烈な浅井軍の怒濤突進で混乱状態が増え続け、第6ターンと第7ターンにも裏崩れが発生します。皮肉なことにユニットが減りすぎたので、裏崩れ2が起こらないという末期症状に。
T7 家康敗走、除去
 徳川軍は圧倒的な包囲状態の中、粘りに粘ったものの、朝倉の大海に1ユニットずつ呑み込まれ、第7ターンには徳川家康が除去され、撤退が決定しました。
信長敗走
 結局、織田・徳川軍は一度もイニシアチブを取れないまま、崩壊し、おそらく織田軍は畿内から一掃されたことでしょう。最終的に信長陣営が畿内を再制圧することは間違いないでしょうが、軍事力の再建に数年かかり、信玄が西上を開始すると、さらに時間がかかることに。本能寺の変も相当遅れるか、あるいは先に信長が戦死なんてこともあったかも。光秀は、裏切り者にならずに済んだかも。
終了時